
今天好危險…
是我運氣好,所以只有黑青…
被一種叫圓剧機的東西撞的
還好它是用撞的…
如果是剧的,我的左腳就沒了
太不小心了…
之前手指也差點斷…
不過那次運氣沒這次這麼好,斷了一半
只有黑青真是太好了…
黑青萬歲~還有一點血~也很萬歲~
2006年10月22日
2006年10月16日
我想我會變成今天的我並不是任何人造就的而是天生下來就注定的。
最近看了很多書,也聽了很多人講話,更看了很多人的作為,同時也了解什麼定「注定」。
有了不少的感想,很多,或許很臭、很長,但我還是想把它記錄下來,但不是今天。
累了,所以等等就要睡了。改天在寫。
2006年10月10日
メモリーアルバム
デジタルという世代は我々に多くの便利さをもたらすものであった。
文字や写真、映像まで簡単にパソコンに保存できる。ちゃんとコピーしていくと、それらのファイルは何十年間消えやしない。
たとえどこかに置いたか覚えなくても、それらはやはりパソコンの隅にある。類比のものに比べれば、かなり保存しやすいものであった。しかし我々の忘れるべきものだとしたらその永久さは余計なお世話になる。
紙にした文字、あるいは写真、忘れるべきものだったら、いつか隅へと隅へと置かれ、そして突然の引越し、あるいは虫に齧られるという色々妙な原因で消えちまう。世の中からすっきりと無くなっちまう。記憶からのと同じ。
しかし既にパソコンに保存したものは消えない。削除しないと、ウイルスにかからないと、その自体はまず消えやしない。そしてある日ふと思い出したらあるいはファイルを整理しようと思ったら忘れたはずの思い出は闇に目に浮かんでくる。
やはりそれを見ると妙には感じる、面白くも感じる。そしてそれは自分の多くの思い出の中にいかに莫大な量を占めしているということのも改めて認識した。僕はそれを削除することにした。ゴミ箱にもダブルクリックして削除した。記憶にはもこういうものがないといった以上目で見る意味もなくなった。
もし僕は類比世代に生きてる人間としたらそれを引き出しから取り出し、ゴミ箱に捨て焼くと思う。
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